勤務医の手取りは、なぜ分かりにくいのか|2027年から変わる社会保険料
額面の給与は分かっている。それなのに、今年いくら手元に残るのかを正確には答えられない。
外勤のある勤務医には、珍しくない状態だと思います。僕自身も、給与明細に書かれた振込額を見ているだけで、手取りが何によって決まるのかをきちんと理解していませんでした。
額面と手取りの差は、収入が上がるほど開きやすくなります。給与所得控除には上限があり、所得税は累進課税だからです。その一方で、社会保険料には上限があります。さらに外勤先の給与は主たる勤務先とは違う方法で源泉徴収され、年末調整だけでは精算が終わりません。
この記事は、額面は分かるのに、実際の手取りがなぜ分かりにくいのかを知りたい勤務医に向けて書きました。
特定の勤務医を想定しない5つのモデルケースを使い、手取りの「金額」よりも「決まり方」を整理します。
※制度や料率は2026年8月18日に公的資料で再確認しました。
「医師の平均年収」を見ても、自分の手取りは分からない
医師の年収を調べると、さまざまな平均額が出てきます。ただ、その数字だけで自分の手取りを考えるのは難しいと思います。
大学勤務か、一般病院でも急性期か慢性期か、訪問診療かクリニックかによって、給与の決まり方は大きく異なります。当直や待機などの手当があれば、同じ人でも月ごとの額面が変わります。
さらに、仮に額面が同じでも、年齢、扶養家族、加入する健康保険、各種控除、住民税を納める自治体などによって手取りは同じになりません。
一つの平均年収を知っても、一人の勤務医の手取りは分からない。
だからこの記事では、平均額を掲げるのではなく、額面から何が引かれ、どこで差が広がるのかを見ていきます。
勤務医の額面と手取りの差は、収入が上がるほど開く
最初に押さえたいのは、額面のすべてにそのまま所得税がかかるわけではないことです。
給与収入からは、実際の経費を一件ずつ引く代わりに「給与所得控除」が差し引かれます。ところが、給与所得控除は収入に合わせて増え続けるわけではありません。
| 給与収入 | 給与所得控除額 |
|---|---|
| 360万円超〜660万円以下 | 収入×20%+44万円 |
| 660万円超〜850万円以下 | 収入×10%+110万円 |
| 850万円超 | 195万円(上限) |
年収850万円を超えると、給与所得控除は195万円で頭打ちになります。以後、給与が増えても、この控除は増えません。
出典:国税庁「No.1410 給与所得控除」
所得税は、課税される所得が増えるほど高い税率が適用される累進課税です。
| 課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 330万円〜694万9,000円 | 20% | 42万7,500円 |
| 695万円〜899万9,000円 | 23% | 63万6,000円 |
| 900万円〜1,799万9,000円 | 33% | 153万6,000円 |
| 1,800万円〜3,999万9,000円 | 40% | 279万6,000円 |
| 4,000万円以上 | 45% | 479万6,000円 |
給与収入ではなく、給与所得控除や所得控除などを差し引いた後の課税所得が1,800万円以上になると、40%または45%の区分に入ります。
ここでいう税率は、所得全体に一律でかかる税率ではありません。該当する段階を超えた部分ほど税率が高くなる仕組みで、速算表の控除額を使って計算します。所得税に加えて、基準所得税額の2.1%にあたる復興特別所得税もあります。
出典:国税庁「No.2260 所得税の税率」
住民税の所得割は、標準税率では市町村民税6%と道府県民税4%の合計10%です。指定都市では配分が異なりますが、合計は同じです。これに均等割と森林環境税が加わり、自治体によっては上乗せがあります。
出典:総務省「個人住民税の概要」
5つのモデルケースで見る手取りの概算
以下は、特定の誰かの年収ではありません。違いの構造を見るための一例です。
| 年間の額面 | 年間手取りの概算 | 額面に占める手取りの目安 |
|---|---|---|
| 700万円 | 約530万円 | 約76% |
| 1,000万円 | 約725万円 | 約73% |
| 1,500万円 | 約1,020万円 | 約68% |
| 2,000万円 | 約1,300万円 | 約65% |
| 2,500万円 | 約1,560万円 | 約62% |
この条件では、額面2,500万円のモデルは課税所得が1,800万円を超え、所得税率40%の区分に入ります。ただし、40%が額面や課税所得の全体にかかるわけではありません。
計算条件は、40歳未満、扶養親族なし、給与収入のみ、賞与なし、12か月均等払い、一般の事業の雇用保険、基礎控除・社会保険料控除以外の所得控除なしです。健康保険は、一例として協会けんぽ東京支部の料率を使用しました。2026年度の料率を用い、住民税まで通年で負担したものとして概算し、万円単位に丸めています。
所得税の基礎控除は国税庁「No.1199 基礎控除」を参照しました。個人住民税の基礎控除は、所得税とは異なり最高43万円です(2026年8月時点)。
出典:総務省「地方税法及び地方税法等の一部を改正する法律の一部を改正する法律の概要」
雇用保険は、令和8年度の一般の事業における労働者負担5/1,000(0.5%)で計算しました。
出典:厚生労働省「令和8(2026)年度 雇用保険料率のご案内」
健康保険は都道府県や健康保険組合によって料率が異なり、実際には標準報酬月額の等級、賞与、扶養、各種控除、住民税の調整控除なども影響します。この表は手取り早見表ではなく、収入が増えるほど手取り率が下がりうることを見るための例です。
ただし、社会保険料は逆に頭打ちになる
税金と社会保険料は、収入が増えたときの動きが同じではありません。
厚生年金の保険料率は18.3%で、勤務先と本人が折半するため、本人負担は9.15%です。ただし、保険料の計算に使う標準報酬月額は現在65万円が上限です。月の報酬が上限を超えても、厚生年金保険料はそれ以上増えません。賞与にかかる厚生年金保険料の上限は月間150万円です。
出典:厚生労働省「厚生年金等の標準報酬月額の上限の段階的引上げについて」
健康保険の上限は厚生年金より高く、協会けんぽでは標準報酬月額139万円です。健康保険料などを計算する標準賞与額の上限は、毎年4月1日から翌年3月31日までの累計で573万円です。加入する健康保険によって料率は変わります。
つまり、所得税は課税所得が増えるほど税率が上がる一方、社会保険料は一定のところで頭打ちになります。税と社会保険料では、収入が増えたときの方向が逆です。
この上限があるため、収入が上がるほど、収入全体に占める厚生年金保険料の割合は下がります。その代わり、現在の制度では上限を超える収入が将来の年金額に反映されません。
また、2026年4月分からは子ども・子育て支援金の納付が始まりました。協会けんぽ東京支部の保険料額表では、支援金率は0.23%、健康保険料率は9.85%です。モデルケースでは、この表の被保険者負担分を使っています。これは一例であり、加入する健康保険や地域を示すものではありません。
出典:全国健康保険協会「令和8年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表(東京支部)」
2027年から厚生年金の上限が段階的に上がる
現在65万円の標準報酬月額の上限は、2027年から段階的に75万円まで引き上げられます。
| 適用時期 | 標準報酬月額の上限 |
|---|---|
| 現在 | 65万円 |
| 2027年9月 | 68万円 |
| 2028年9月 | 71万円 |
| 2029年9月 | 75万円 |
対象は、現在の上限である月65万円を超える賃金などを受け取っている人です。
厚生労働省の試算では、月75万円以上の状態で上限が75万円まで上がると、本人負担の保険料は月9,100円増えます。社会保険料控除を考慮した実質的な影響は月約6,100円とされています。
手取りだけを見れば減少です。しかし、その状態で10年間加入すると、将来の年金は月約5,100円増えるという試算も示されています。年金課税を考慮すると月約4,300円です。
これは厚生労働省が一定の前提を置いた試算であり、すべての人に同じ結果になるわけではありません。現役時代の手取りは減る一方、将来受け取る年金は増える。負担増の片面だけでは判断できません。
出典:厚生労働省「厚生年金等の標準報酬月額の上限の段階的引上げについて」
外勤がある勤務医は、手取りがさらに見えにくい
勤務医の手取りを分かりにくくしている大きな要因が、複数の勤務先から受け取る給与です。
「給与所得者の扶養控除等申告書」を提出した主たる勤務先の給与は、源泉徴収税額表の甲欄で計算されます。主たる勤務先以外から受け取る従たる給与は、原則として乙欄です。
乙欄で引かれた金額は、その人の最終的な年税額そのものではありません。しかも、原則として従たる給与は年末調整できません。本人が確定申告し、主たる給与と従たる給与を合わせて、所得税と復興特別所得税を精算します。
出典:国税庁「No.2520 2か所以上から給与をもらっている人の源泉徴収」
そのため、毎月の振込額を合計しても、その年に最終的に残る金額とは一致しないことがあります。源泉徴収が多ければ還付される場合があり、足りなければ追加で納めます。
額面は分かっているのに、確定申告が終わるまで正しい手取りが確定しない。
これが、外勤のある勤務医にとって手取りが見えにくい理由です。当直や待機などの変動手当があれば、月ごとの振込額もさらにぶれます。
ふるさと納税のワンストップ特例も、確定申告をすると申請が無効になります。申請済みの寄付を含めて寄附金控除を申告する必要があります。
手取りを増やすなら、収入だけを見る前に確認したい
手取りを増やすというと、外勤を増やすことや給与の高い勤務先へ移ることを最初に考えがちです。ただ、額面を増やす前に、現在の給与から何が引かれているかを知るほうが先だと思います。
順番は、次のように整理できます。
- 自分が使える所得控除や制度を確認する
- 毎月出ていく固定費を見直す
- そのうえで、収入の増やし方を考える
引かれるものには、自分では動かせないものと、知っていれば減らせるものがあります。所得税や社会保険料の仕組みそのものは変えられませんが、使える控除を使っていないために、本来より多く納めることは起こりえます。これは、また別の話です。
ふるさと納税は所得控除ではなく、寄附金控除として所得税と住民税の控除を受ける制度です。iDeCoの掛金は小規模企業共済等掛金控除、一定の生命保険料は生命保険料控除の対象になります。ただし、使える制度や上限は加入状況や勤務先の制度などによって異なります。
次に、固定費を見直します。一度減らせば効果が毎月続くため、収入を増やし続けなくても手元に残る金額を増やせます。
そのうえで収入を増やすなら、外勤を増やすか、勤務先そのものを変えるかという選択肢があります。ただし、増えた額面がそのまま手取りになるわけではありません。ここは別の記事で書きます。
この考え方が当てはまらない場合
この記事は、給与を受け取る勤務医を前提にしています。
- 開業医や法人を経営している場合は、事業所得や法人税などが関わるため前提が異なります
- 給与が一つの勤務先で完結し、ほかに確定申告の理由がなければ、年末調整で所得税の精算が終わる場合があります
- 健康保険料率やiDeCoの拠出限度額は、加入制度や勤務先の企業年金によって異なります
- 40歳から64歳までは介護保険料が加わるため、モデルケースとは手取りが異なります
個別の状況によって結論が変わるため、モデルケースの数字を自分の給与にそのまま当てはめないでください。
まとめ|勤務医の手取りは、確定申告まで見えにくい
勤務医の手取りが分かりにくい理由を、次のように整理しました。
- 給与所得控除は年収850万円を超えると195万円で頭打ちになる
- 所得税は累進課税で、課税所得が増えるほど高い税率の段階に入る
- 社会保険料は逆に上限があり、税金とは動き方が違う
- 厚生年金の上限は2027年9月から段階的に引き上げられる
- 外勤先の従たる給与は原則として乙欄で源泉徴収され、年末調整されない
- 外勤がある場合、確定申告を終えるまで最終的な税額は精算されない
額面と手取りの差は収入が上がるほど開きやすく、外勤のある勤務医は、その差が確定申告まで見えにくい。
手取りを考える第一歩は、年収の平均と比べることではなく、自分の給与から何が引かれているかを知ることだと思います。
※税や社会保険の扱いは、勤務先の制度や個々の事情によって変わります。この記事は僕が公的資料を確認して整理したものであり、税務上の助言ではありません。僕は税理士ではありません。実際の申告や判断は、税務署や税理士、勤務先の担当部署などに確認してください。

